たびたびこのブログに掲載しているのですが、
絵本講師として、わたしは地域の子育て中のお母さんや、保育ボランティアの方などに向けて、 絵本で子育てすることの楽しさ、絵本の力、読み聞かせの力というものを、お伝えする活動をしています。 絵本講師というのは、NPO法人「絵本で子育て」センター主催の養成講座を修了し得られる民間資格なのですが、昨年4月に東京・大阪・福岡の3会場で開講し、多くの方に受講していただきました。 22日(土)は、第4期絵本講師・養成講座、東京会場の最終日でした。 受講生のかたがたは、みな職業や住んでいる地域も、年齢も様々なのに、絵本というものを通して、心の通う交流をされておられました。最終日の今日は、連絡先を交換したり、写真撮影をしたりと、一年間ともに学んだ仲間との出会いを大切にしたいという思いで会場はあふれていました。 そして、修了されたみなさんのお顔はすがすがしく、「学ぶことの楽しさを感じられた」「改めて絵本の大切さを知った」「少しずつでも人に伝えていきたい」といった感想を、述べておられていました。 靖国神社の桜が開花した今日・・・ 第4期の修了生の方をお送りしましたばかりですが、もうすぐ 第5期の絵本講師・養成講座が始まります。 芦屋会場では、200名を超える応募をいただき、すでに定員いっぱいになりました。 東京と福岡では、まだ申込を受け付けています。 絵本が好き、読み聞かせに関心がある、子育て中である、自分磨きがしたい・・・そんな皆様の学びたいという気持ちに、十二分に応えてくれる内容になっています。 多くの方の受講をお待ちしております。 募集会場: 福岡・東京 募集人数: 定員70名(50名は先着順。以降は抽選となります) 講師陣 : 梅田俊作・飫肥糺・片岡直樹・とよたかずひこ・ 中川正文・浜島代志子・松居直・松本直美・森ゆり子 (50音順) 受講期間: 2008年4月〜5月(開講日)2009年2月〜3月(修了日) 東京会場(飯田橋)・・・5/17(土)・7/19(土)・9/13(土)・11/22(土)・1/31(土)・3/21(土) 福岡会場(博多)・・・5/31(土)・7/5(土)・9/27(土)・11/8(土)・1/17(土)・3/7(土) 受講費用: 68000円(税込) ※テキスト(5編・5冊)、課題レポート(5編・5冊)、 スクーリング費用(6編・6回)、副読本、その他資料等 募集期間: (福岡・東京)2008年2月1日〜3月31日(必着) 申込方法: 「受講申込書」に必要事項を記入の上、「絵本で子育て」センター事務局までご郵送ください。 募集締め切り後、受講者を決定しご本人宛にご通知します。 受講申込書は、120円切手を同封のうえ、「絵本で子育て」センターまでお申し込みいただくか、または、ホームページでPDFデータ(http://www.holpforum.com/y-koza/b0501.html)より申込書を印刷し、写真を貼りつけの上ご郵送ください。 興味はあるんだけど、不安もあって…という方、お気軽に事務局にメールやお電話でお問い合わせください。 NPO法人『絵本で子育て』センター 〒659-0067 芦屋市茶屋之町2-21-405 TEL0797-38-7516 FAX0797-38-7939 http://www.holpforum.com/ holp@holpforum.com ![]() |
前の記事、『さっちゃんのまほうのて』(コチラ⇒)をうけて、
本当におかあさんになった、「さっちゃん」の本を紹介します。 著者である、長塚麻衣子さんは、『さっちゃんのまほうのて』の共同制作者の一人である野辺明子さんのお嬢さんです。 お母さんの手、だいすき! 長塚麻衣子/著 黒井健/絵
産まれたときから彼女の右手には、指らしい指は親指だけで、かろうじて短い小指とあとの三本は豆粒のような形のものがちょっとあるだけで、掌の大きさも左手の三分の一くらいしかなかったそうです。一歳のときに手術をし、親指と小指の2本を残したということです。 生まれてしばらくは外出するときにも手袋をしていたという両親が、手袋をとり、近所の人に打ち明ける決意をしたときの気持ち、『さっちゃんのまほうのて』にもあった、ままごと遊びでお母さんになれないとお友達にいわれるのを実際に経験していること、小学校では温かい先生や友達との出会いの一方いじめられたこともあるというエピソードなどなど・・中学、高校、大学、就職、そして結婚し、2児の母になるまでに、右手の障害とどう向き合って生きてきたのか、心の葛藤や周囲の人への感謝など、とても素直に書かれています。 私がこの本でもっとも印象に残ったのは、著者が、高校の学園祭で出会う、署名運動のおばさんとのやりとりについて。 内容は・・・・当時、学校を取り巻く植林の山をゴルフ場にする計画がもちあがっていて、そこに使われる農薬の問題や山の生態系の破壊を問題視する人々が署名を集め、プリントを配っていたというのです。そこには、ゴルフ場建設反対理由の一つに、「川の水が汚れその川の魚を食べたらいつか奇形児が生まれてしまうかもしれません」というくだりがあり、このことについて、プリントを配っていたおばさんに問いただすと、「障害者を差別しているわけではないが、できれば五体満足で生まれてきたほうが親にとっても赤ちゃんにとっても幸せでしょう」と言われたというのです。 自分の誕生を”生まれてしまった”と思いたくなく、”自然に生まれた”と思いたかった。どんなに水がきれいになっても自然や人体を破壊する環境化学物質を除去しても進化の過程でハンディキャップをもつ人間はうまれてくるんだ。原因があろうがなかろうが、ハンディキャップをもつ赤ちゃんは、やはり他の命と同じように祝福されて生まれるべきだ、排除すべき命なんてあるのだろうか。 このことは、著者が自身の障害を考えるうえで大きなきっかけになったそうです。 障害があるのはかわいそうだ、障害がなくてよかった・・そんな気持ちや決めつけた言葉でなく、障害があることを自然に受け入れる、感じられることが本当の優しさなのでしょう。そして、生まれてこなければよかったという命はないということを、真摯に受け止められました。 本当にお母さんになった「さっちゃん」の姿をしってほしいという思いから執筆されたこの本。タイトルの「お母さんの手、だいすき!」は、著者が自分の子どもたちにそう言ってほしいという願いからつけたものだそうです。 長塚さんは、この本を書いたことの意味をこのように語っています。 「障害をもつ人間がごく身近に存在することをリアルに感じてもらうこと、社会が少しでも障害について話し合いやすいものに近づき障害者の存在は認めるが、五体満足にこしたことはないという多くの想いに今一度風を吹かすことができたら、こんなにうれしいことはない。」 ![]() |
さっちゃんのまほうのて 田畑精一/作 先天性四肢障害児父母の会 野辺明子 志沢小夜子/共同制作
<どんな絵本?> さっちゃんの幼稚園では、今ままごと遊びが盛んです。 でも、さっちゃんはいつもお母さん役になれません。ある日、今日こそはお母さん役になろうとすると、お友達から 「さっちゃんは おかあさんには なれないよ! だって 、てのないおかあさんなんて へんだもん」 と言われます。 悔しくて泣きながら幼稚園を飛び出して家に帰ったさっちゃんは、 「どうして みんなみたいに ゆびが ないの? どうしてなの?」 とお母さんに言います。 「・・・おなかのなかで けがをしてしまって、ゆびだけ どうしても できなかったの。 どうして おなかのなかで けがなんかしてしまうのか、 まだ だれにも わからないの。」そして、さっちゃんの手はこれからもずっと今のままであること、でもこれがお母さんの大好きなかわいい手なんだということを真剣に伝えます。 そのことがあってしばらく幼稚園を休み、その間に、さっちゃんには弟が生まれました。 お母さんのお見舞いの帰りに、お父さんと家に帰るときに、さっちゃんは手がなくてもお母さんになれるかな?とお父さんに尋ねます。 「・・・・なれるとも、さちこは すてきなおかあさんに なれるぞ。・・・・さちことてを つないで あるいていると、 とっても ふしぎな ちからが さちこのてから やってきて、 おとうさんのからだ いっぱいに なるんだ。 さちこのては まるで まほうのてだね。」 <初めて読んだ2才10ヶ月のヒメの反応> 当時にしてはかなりの長文でしたが、最後まで聞けていました。「あなたのてには ゆびが いくつありますか?」のページで、自分の手と見比べていました。 3才3か月のころの記録に、「読んで!と毎日持ってくる」と書いてありました。右の手とはどちらなのか、さっちゃんはジャンケンができないのはどうするのか、お星さまの役ってどんなことをするのか・・など、ヒメのこの本への関心ポイントは様々です。 <おすすめポイント> 幼稚園児のさっちゃんが、はじめて体験する社会の偏見の目と心の葛藤。その障害と向き合って生きていくことを真剣に話す両親の姿、先生やお友達がさっちゃんを見守り、受け入れていく過程、さっちゃんの心の成長などが盛り込まれた物語。 胸に沁み入る言葉でつづられる会話文と、冒頓とした線が印象的な絵で語られています。 <現在4才8ヶ月のヒメの反応> さっちゃんの気持ちになって、悔し涙を流しながら聞いています。さっちゃんにお母さんになれないと言うお友達がいじわるで、こんなことを言う子は大嫌いだ!と言いながら。 「もしもさっちゃんみたいに右手の指がなかったら、左手でお箸をもったり、字を書く練習をする。自転車とかも乗れるように頑張る」と言っています。 もしお友達にさっちゃんみたいな子がいたら?と聞くと、「ちょっと怖いけど、折り紙とかできないかもしれないから作ってあげる。危ないことをしそうだったら手伝ってあげる。」 さっちゃんが、「あした幼稚園に行く!」という場面では、「みんな待ってるよね〜きっと」と、嬉しそうに言います。 <まつりかの感想> 講座でいつも紹介しているので、暗記できるくらいですが、毎度同じ箇所で涙で声をつまらせそうになります。 ひさしぶりにヒメに読んでみましたが、やはり涙声になりました。4才8ヶ月のヒメには共感できるものが多いようで涙を浮かべながら聞いています。幼稚園でままごと遊びが流行っているという状況、役決めをめぐってのお友達と言い争いも日常、喧嘩が原因で幼稚園に行きたくないという気持ちもわかるようです。 集団生活を一年経験し、いろんなお友達がいるということや、集団の中での自分の立場というのが見えてきたのでしょう、この本を読んで、いろいろな質問や意見を言ってきます。 もしも自分がさっちゃんだったら・・と思うと、悔しくて悲しいと言い、もしもお友達にそういう手の子がいたら、「ちょっと怖い」「大丈夫?って聞いてみる。」など、ためらいの気持ちがあるようで。「でもお手伝いしてあげる。」と言うところをみると、障害のある子に偏見の目をもつことがよくないこと、もしも自分がその立場だったら悲しいということを、この本から気づいたのだと思います。 障害者問題など、どのように伝えていけばいいのか難しいことでも、絵本なら真摯に伝えることができます。障害をもって生まれる子は多くいるということ、だれもがその可能性を持っていて、その原因はわからないことが多いということ、そのことで差別されることが多い現実や、差別はしてはならないということ・・・などが、この絵本を読むだけで、4才のヒメにさえ、伝わっているということが実感できます。 小学校でこの本を教材に授業することも多いようですが、教えられその感想文を書くという「頭で理解する」のと、小さいころに絵本を読んでもらったことで「感じる」のとでは大きな違いがあるように思います。本当の優しさとはなにか・・・それを感じられる子どもの心を育てられればいいなと思います。 ![]() |
ないた 中川ひろたか/作 長新太/絵
<どんな絵本?> ころんで ないた。 ぶつけて ないた。 けんかして ないた。 しかられて ないた。・・・・ 悲しい時、悔しい時、痛い時、うれしい時、 どうして ぼくは なくんだろう。 いちにち いっかいは ないている。 ぼくも おとなになったら なかなくなるんだろうか。 <初めて読んだ3才7ヶ月のヒメの反応> 「このネコ、見たことあるね」と、長新太さんの絵によく描かれているネコの登場が気になるようす。 「この本なんか好き〜」と言っています。 犬におしっこをかけられている絵に、くやしくて ないた。・・の場面で大笑いしています。 <おすすめポイント> 泣くにはいろんな理由がある。大人は泣かない、赤ちゃんはいつも泣いている。そして、ぼくは一日一回は必ず泣いている・・「泣く」ことに焦点をあて、簡潔でテンポのいい文章、そして長新太氏独特の色彩とタッチの絵には、文章に書かれていない思いが豊かに描かれています。 第10回日本絵本大賞作品。 <現在4才8ヶ月のヒメの反応> これ一冊で、さまざまな場面に自分の体験を合わせてコメントしてくれます。 たとえば・・・ この本を選んでくるときには、「今日は、いっぱい泣いたからこれ読んでほしい」。 「ひさしぶりにあえてないた」 の場面を見て、「お母さんが園にお迎えに来てくれた時(いつもはバスなので)、うれしくて泣きそうだった」と言ってくれたり。 「いちにち いっかいは ないている」の場面では、「今日はね、5回泣いたかな」とか。 「まいごになって ないた。」の場面を見て、「迷子になったことないから、このことでは泣かないもん」と。 <まつりかの感想> あと少しで春休み。4月に入園してから、早いものであっという間に年少さんの生活は終わろうとしています。 保護者会に行った時、担任の先生に「ヒメちゃんは、はじめの頃泣いてばかりで、いつも先生に抱っこされていたけど、今ではお友達と遊ぶのが楽しくて、先生にまとわりつくこともなくなって、さみしいくらいです。」と言われました。 毎朝バスに乗るときには、今生の別れか・・というほどの泣きっぷりで、あまりの凄さに同じバス停のお母さんたちから「かわいそう」と言われるくらいでした。 それくらい、ヒメといえば=泣き虫。泣く理由といえば、「悲しい」、「さみしい」 それが、今ではすっかり・・・本来の負けん気が頭角してきて、「悔し泣き」が一番の泣く理由。うまく相手に気持ちが伝わらないときや、思い通りにいかないことへの悔しさを感じることが多いようです。 おむつかえて!おなかすいた!眠い!・・・自分の思いを伝えるために赤ちゃんは泣きます。そこから大きくなっていくにつれて、欲求は言葉で伝えられるようになり、痛いときや悲しいときだけでなく、喜怒哀楽、どの感情に対しても、涙が出てくるようになります。 そして、自分の欲求や感情に対して泣くだけでなく、人の喜びや、人の悲しみを自分のことのように感じて泣ける・・そんな共感意識から出る涙というのも成長につれて体験していくことでしょう。 「おとなはどうしてなかないんだろう」という文に対して、ヒメに「どうして大人は泣かないんだろうね?」と聞くと、「我慢するから?」と答えていました。 この本でもっとも考えさせられるのは、主人公の「ぼく」がお母さんとお布団で寝ていると、お母さんの目から涙がつーっと枕に流れ落ちるというシーン。 ないているのって きいたら 「ううん」って、いった。 この場面がどんな意味なのか、ヒメにはわからない様子。どうしてお母さんが泣くのか、どうしてお母さんは泣いてない、と言うのか。 淡々と運ぶ文章だけど、ぼくとお母さんの関係については絵にしっかり描かれています。その絵の流れをみて、またお母さんの心境に共感できてはじめてこの文章の意味がわかるのだと思うのです。 そういう意味で、この本が第51回の青少年読書感想文全国コンクール課題図書であることにも頷けます。 ヒメが泣いている時、「どうして泣いているの?」と聞くと、「だってね〜●●だから」と今は答えてくれるけれど、そのうち、涙の理由を、一言で言い表せない複雑な思いを心の奥にもつようになるんだろうな。 卒園卒業シーズンです。子供の姿にこれまでの成長過程を思い起こし目頭が熱くなることだと思います。子どもに「ないているの?」と聞かれて「ううん」と答える親の姿も多くみられるかもしれませんね。 ![]() |
ニャーンといったのはだあれ? ウラジミール=ステーエフ/作 西郷竹彦/訳
<どんな絵本?> こいぬが、ソファのそばの じゅうたんのうえに ねていました。 すると、だれかが ニャーンといったような きがしました。 こいぬは、あたまをあげて あたりをみまわしました。 でも、だーれも いません。 こいぬは、ニャーンという正体が誰なのかしりません。 目の前にあらわれる動物に向かって 「きみかい、ニャーンといったのは?」 おんどり、ねずみ、大きな犬、ハチ、魚、カエル。 出会った動物はみんなニャーンとは言わない。 しかも、ほえられたり、ハチに刺されたり、馬鹿にされたり、池におちて体はびしょぬれ・・・ しょんぼりしながら、うちに帰ってまた眠ろうとすると、 窓のところに、猫が座っていて、「ニャーン!」といいました。 こいぬは、唸り声をあげ威嚇するけど、猫にひっかかれてしまい・・・ こいぬは、じゅうたんのところに もどると、ねそべって ねむりました。 こいぬは、もう ニャーンといったのは だれか、しっています。 <初めて読んだ3才9ヶ月のヒメの反応> 「ここにいるよ」「猫だよ」と、絵本の中のこいぬに向かって呼びかけています。 ハチに鼻の頭をさされる場面を、ハラハラしながら聞いています。 <おすすめポイント> 「ニャーン」の鳴き声の主を探しにいく、好奇心いっぱいの子犬に、子供たちは自分を重ねて読むことで一緒になってハラハラドキドキすることでしょう。 猫に気づいていないのは、絵本の中の子犬だけであるということに、面白さがあり、こいぬに教えてあげたりという気持ちで、絵本と対話するような楽しみ方ができます。 余白がたっぷりもうけられた構図、愛らしい子犬の姿といった絵もいいし、繰り返しの展開を楽しめる絵本です。 <現在4才8ヶ月のヒメの反応> 「わたしが子犬になるからね」といって、この絵本のお芝居をさせられます。「きみかいニャーンといったのは」というセリフが言いたいみたいです。 そして、最後猫と向かい合い威嚇しあうも、ひっかかれて逃げ帰る子犬の様子を上手に演技しています。 <まつりかの感想> 安全なうちの中から、出て行き、外での世界に触れて戻ってくる・・・その「行って帰る」というストーリーに子どもは自分を重ねるのだと思います。 現在のヒメは、この本を読むと「もっと探せばいいのにね」と言います。 つまり、怖いけれどそれが何なのかを探してみたいという探究心のほうが強くなっているのかなと。もっと年齢がすすんでこの本を読むと、最後に猫に引っ掻かれたまましょんぼりして家に戻って眠る子犬に共感せずに、猫に立ち向かっていけばいいのに・・というような感想をもつのかもしれないと思いました。 それでも、最後に安心できる場所に戻ってくるという結末に、子供はほっとするものだと思います。家族だけでなくお友達との関わることが増え、好奇心も旺盛になる3歳ころにお薦めです。 ![]() |
もりのひなまつり こいでやすこ/作
<どんな絵本?> 森の近くの一軒家の蔵には、ねずみばあさんが住んでいます。 そこに、森の「のねずみこどもかい」から、ひな祭りをやってほしいという、お手紙が届きます。 蔵の箱の中にしまわれていた、ひな人形たちは、みな賛成。 うちの人たちが、ひな人形を飾る前に、森に行くことに。 盛大に行われた、もりのひなまつり。 ところが、あたりが薄暗くなって雪が舞い始めました。 あわてて帰ったものの・・・あっ!ひな人形たちのお顔、姿が・・・?? <初めて読んだ4才2ヶ月のヒメの反応> なぜか季節はずれの初秋に読みましたが・・おかまいなしに、ストーリーを楽しんでいました。ねずみばあちゃんへのお手紙や、汚れたお雛様をねずみばあちゃんが手入れしてあげるところなどがとくにお気に入り。 <おすすめポイント> お雛様を飾り、お祝いすることの意味も優しく伝えられ、かつ、「もしも○○だったら」を存分に含ませてファンタジーの世界を楽しませてくれます。 春らしい淡い色調と筆遣いで、画面の細部まで描きこまているので、お雛様のユーモラスな表情や、衣裳の美しさなど絵を楽しめます。 <現在4才7ヶ月のヒメの反応> 今年は2月11日にお雛様を飾りました。その日から、3日に一回は読んだこの本。のねずみこどもかいから、ねずみばあちゃんに贈られた手紙の「〜でチュ」というところを言いたがったり、森で行われたひな祭りに、五人囃子の奏でるお囃子「はるかぜ ふけふけ ヤーポンポン めをだせ はなさけ ヨーポンポン」のフレーズが好きです。 うちにある3段飾りのひな人形には、五人囃子も右大臣、左大臣、衛士もおらず、お化粧道具などもないのですが、絵本にかかれている7段飾りの飾り方を入念にチェックしています。 <まつりかの感想> 女の子のお節句、お雛祭り。 子供の成長と幸福を祈るお祝いで、ひな人形は赤ちゃんの身代わりとなって厄を受けている事から、基本的におひなさまは、一人一人のお守りだそうですが。・・姉妹をお持ちの方、実際はどうですか?? この絵本のお雛様の入っている箱には「ゆうことじゅんこのおひなさま」と書かれていますから、姉妹でひとつのようですね。 ちなみに私も妹がいますが、ひな人形は家庭にひとつでした。今は、実家でこの時期になったら母が飾ってくれているようです。 ヒメも今年は飾るのを手伝ってくれました。そして、お雛様のそれぞれの持ち物や、おもちなどの飾りにも興味をもっていました。・・・が、菱餅や丸もちが二つずつしかないから、食べられない人(人形)がいるということをとても心配しています。重箱にもどんなお弁当をいれて出かけるのかが気になるというし。。。どうも、お雛様で、ままごとをしているかのような感覚なのかも ![]() ねずみばあちゃんが蔵に住んでいるのも、うちの人は気づいていないのでしょう。そして、もちろんお雛様が箱から出て、洋服も顔も泥んこになったのをねずみばあちゃんが、繕い元に戻したということも。 「うちのお雛様も、もしかしたらずっと箱の中にはいないかもよ」とヒメ。 そう言いながらも、「お片付けのときに、また来年ねって言うの。箱から出ないでちゃんと寝ててねって言うの。」・・・もしや・・・絵本の通りにお人形が自分の知らない間に動いていたらと思うと、ちょっと怖いのかな? ![]() |
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