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 おおきな木

2007-02-19

おおきな木  シェル・シルヴァスタイン/作 本田錦一郎/訳
おおきな木おおきな木
シェル・シルヴァスタイン ほんだ きんいちろう

篠崎書林 1976-01
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<どんな絵本?>
むかし りんごのきが あって・・
かわいい ちびっこと なかよし。

ちびっこは毎日木のもとにやってきて、木の葉を集めたり、木によじ登り、りんごを食べたり、木とかくれんぼをしたり・・・

ちびっこは きが だいすき・・
そう とても だいすき。
だから きも うれしかった。

時は流れ、ちびっこは少し大人になり、彼女もできて、木とばかり遊ばなくなっていた。木はひとりぼっち。
ひょっこりその子がやってきたかと思うと、「お金がほしいからお小遣いをくれ」という。
木は、「りんごを売ってお金をつくればいい」と言う。
その子は、りんごをすべて持って行ってしまったけれど、
きは それで うれしかった。

それからまた長い間その子は来ない。ある日戻ってきたかと思うと、「家が欲しい。」と言う。
木は「わたしの枝を切り、家を建てなさい」と言い、その男(少年はおじさんになっている)は枝をみな切って持っていってしまった。
きは うれしかった。

また長い間音沙汰がなかった後、ひょっこり戻ってきて、
「舟にのってどこか遠くへ行きたい。舟をくれるかい」と。
木は「わたしの幹を切って舟を作りなさい」と言う。
男は幹を切り倒し舟を作って行ってしまった。
きは それで うれしかった・・・
だけど それは ほんとかな。


長い年月がたって男は帰ってきた。よぼよぼのおじいさんになっている。「すまないが、なんにもあげるものがない」と言う木。
年寄りの男は、
「わしは いま たいして ほしいものはない。すわって やすむ しずかな ばしょが ありさえすれば。 わしは もう つかれはてた。」
木は、せいいっぱい背筋をのばし、切り株を腰掛にして休むように男に言った。
男はそれに従い。
きは それで うれしかった。


<初めて読んだ3才0ヶ月のヒメの反応>
少年から老人になっていく一人の人間と木の関係を書いてあるということが理解できていない。
前半の、ちびっこが木によじ登ったり、木陰で寝る場面が好き。とくに、木の葉っぱの絵が、垂れたり手をのばしているかのようだったり、男の子とじゃれあっているような描き方をされているのを見て楽しんでいました。

<おすすめポイント>鮮やかなグリーンの表紙と対照的に、中は、白黒のペン画。この色味のなさが、読み手に様々な解釈を投げかけているように思えます。
最初は詩的に簡潔な文章だったのが、男の成長とともに、木との関係が変わっていき、文章も会話文が増し、長文となっています。
原題は『The Giving Tree』。「与える」ことを忘れず、ただ喜びを感じているりんごの木の存在が、何を意味しているのかを考えさせてくれます。

<現在3才7ヶ月のヒメの反応>
このお話が一人の人間と木の物語だということが理解できるようになりました。しかし、テーマになっている、「与える」という部分は分かっておらず、りんごを全部とってしまったり、枝を全て切り倒す男の姿に合点がいかないようで、最後に切り株だけになった木の絵に、「かわいそう」と言っています。

 <まつりかの感想>
 原著が1964年にアメリカで出版され、1976年に邦訳されました。
 この本には、訳者の本田氏によるあとがきがあります。作者のシルヴァスタインの経歴に触れ、原題を直訳すると『与える木』となるわけですが、この「与える」ということについて、作者がどう考えていたのかを推察しています。
 りんごの木は、自分の肉体をけずってでも男に与え続けます。そして、かくあるごとに「きは それで うれしかった」という文があるように、喜びを見出しているわけです。
 
 この木を親心として捕らえると、困ったときにやってきては金の無心をするダメ息子と、過保護な親の構図のようにもみえてしまいます(極端ですけど)。作者はそういうことを言いたかったのではないのでしょう。
 与える=無償の愛 ということになるのでしょうか。木と男の子の関係は、親子、母子に限らず、人間関係や自然界との関係など様々な場面で言えるのではないかと思います。
 
 それでも今の私は、これを母子の関係としてみるのが一番心に響きます。子どもは成長とともに、親の手を離れ戻ってくることも少なくなってきます。それでも、いざ子どもが困難になったときに、ちゃんと戻ってきて相談してくれる、このりんごの木のような存在でありたいとおもいます。そこで子どもに愛を与えてあげられるか、どんなに自分が削られるようなことがあってもそれを「犠牲」と捕らえずに「無償の愛」であることができるか。 「それでもきはうれしかった」という風に思えるだろうか。

 この本で私が最も好きな場面は、よぼよぼと年をとり欲求がなにもなくなった男に、切り株だけになった木が、「せいいっぱいせすじをのばして」男に腰をかけさせてあげるところです。
 その前の場面で、幹をごっそり切られ、切り株だけになり
きは それで うれしかった・・だけど それは ほんとかな」という言葉が重く響き、読む手を止め考えさせられます。
 だから余計にそのあとの、両者ともに「無」となったときにも互いに求めあえ、喜びを見出せているこの場面に光りを感じるのかもしれません。 

 訳者が『与える木』と直訳せず『おおきな木』としたところに感心します。与えるという行為、物質だけでなく、心・愛を与えるという意味なのですが、「おおきな」という言葉の中には、行為以外にその存在自体の大きさ、そこにいてくれるだけでいい、という意味も含まれているように感じられるから。
 
 この本は、読み手がどのような立場におかれているかによっても解釈が異なると思います。幼い子から大人まで、それぞれの解釈でかつ様々は感動をもって読める本だと思います。 
 
 
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この絵本をわたしも以前に載せたことがあり、この世で1番好きな絵本ですv-352
うちの長女が5歳の頃に読んであげたら、
「かなしいお話だね。」
と言っていました。
そう、その人の年齢や立場によって、解釈の仕方が全然変わってきますね。
この絵本はそういうところが魅力だと思います。
8歳になった長女に今読んであげたら、何て言うか気になります。

TBお願いしますv-363

とっても難しい本ですよね。
中身の言葉は簡単なのだけれど。
まだ上の子が小さかった時に本屋さんで見かけたんですよね。
内容が分かったら、怒っちゃって。^^;
「男の子はひどい!」って。
子どもの反応としては、かなり自然だと思うんですが、
でも、作者の言いたいこととはちょっとずれている気がする。
一体誰のために書かれたのか?って、
未だに謎であります。

私は、相手が娘でもこの木のようにはなれないな~。
与えるだけが愛じゃないとも思うので…。

この本、大人になって読みました。英題知りませんでした。本当に「おおきな木」の訳すばらしいですね。
私も親の立場で読んだので母子の関係とシンクロさせてしまったのですが、「東京タワー」リリーフランキー著の感じかしら。ダメかイイかは分かりませんが、どんな自分も助けてくれる存在があることは、生きていくうえで力強いですね。
ちなみに、この作者の顔写真とても印象的ですよね^^;

深い本ですねぇ…私、この一冊に出会っていませんでした。
タイトルからしても、訳も期待出来そう~早速、借りてみよぉっと。。。
記事を読んでいる内に、『かたあしだちょうのエルフ』をふと思い出してしまった。
読み終わると、少し悲しい感じになってしまうけれど、「無償の愛」そうですね、きっとエルフもそうなんですね…
ご紹介ありがとうv-87

アテナさん
そうですか、この世で一番お好きな絵本だとは。ふと人生で立ち止まるときに開いてみたい本だなってわたしも思います。
TBうまくいかなかったのでしょうか?


各務史さん
子どもは、この男の子の行為だけを見てそういう感想をもつもんなのでしょうね。この本が誰の為に書かれたのか?そうですね。きっとこの作者の経歴を読むと自身のために書いたもののような気もします。


huuyuuさん
なるほど、東京タワーのおかんはまさにこの木のようですね。東京タワーがこれほどまでにブレイクしたのは、おかんが全身全霊で子どもをまもるところや、子どもも親の背中をしっかりと見ているところでしょうか。誰しも一人で生きているわけではないのに、それを忘れているような時代だからこそ・・


RENEさん
借りてみてくださいね。『かたあしだちょうのエルフ』、そうですね、エルフも無償の愛ですよね。お話の最後で、エルフの形をした木の絵を思い出しました。久しぶりに読んでみます。

私も今、この本を読むと「母性愛」ととらえてしまいます。
私も記事にしたのですが、この本の素晴らしいところは「与えることを喜びと感じている」だけでなく、「自分の能力以上のものは与えない」という限りを示している点だと思います。背伸びをせず、今与えられる限りの愛を注ぐ…何だかとても尊い気がしますね。
TBさせていただきました★

京女さん
なるほど~自分の能力以上を与えない~か・・そうですね。自分にできる範囲のものを精一杯ということなんですね。これには気づきませんでした。なんだか身につまされるものがあります。
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まつりか

Author:まつりか
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・まつりか
 現在は神奈川県在住ですが、転勤族のためいろんな方言が話せます。
 子どもが生まれてから、絵本の読み聞かせの楽しさにはまり、読書記録をつけていたものを形にしたいと思ってブログを立ち上げました。
 NPO法人「絵本で子育て」センターの絵本講師として、絵本で子育てすることの大切さをつたえていく活動をしています。
・家族
 ♪サラリーマンの夫
 ♪2003年生まれの娘(12歳)・・結婚7年目で授かった 我が家のプリンセス。
 通称:ヒメ。小学6年生です。 

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