ふらいぱんじいさん 神沢利子/作 堀内誠一/絵
<どんな絵本?> ふらいぱんじいさんは まっくろな おなべの じいさんでした。 金色のおひさまみたいな目玉焼きを焼くのが大好きでしたが、奥さんが新しい目玉焼き鍋を買ってきたので、もう目玉焼きを焼かせてもらえなくなったのです。 しょんぼりしているじいさんに、ゴキブリが、くよくよしないで旅に出ることをすすめます。 「そうだ、 ひろい よのなかに でれば、 この わしだって、 なにか やれそうなものだ。 よし、でかけよう。あたらしい せかいで、 だれかが わしを まっているかもしれない。」 こうして、旅に出た、ふらいぱんじいさんは、ジャングルでヒョウや猿に出くわしたり、ダチョウやらくだの子どもと出会います。 ある日、海で気持ちよく泳いでいると突然嵐になり、巻き込まれてしまいます。ようやくおさまったところに、溺れている一羽の小鳥を見つけました。じいさんの足につかまって、羽を休ませ元気になった小鳥はまた飛び立っていきました。 その後じいさんは、たこに足をねじまげられ、砂浜に打ち上げられ動けず寝たきりになります。 そこへ、あの嵐の日に出会った小鳥がやってきて、じいさんを見つけると、仲間の鳥と協力して、じいさんを木の上に運び枝に結わえてあげました。 じいさんは、大好きなおひさまを見上げ、落ち葉を胸に抱き、その上に鳥が卵をうみ、ひなが孵ります。毎年渡り鳥がやってきてはいろんな国の話をきかせてくれ、いつも小鳥が遊んでいます。 <初めて読んだ3才8ヶ月のヒメの反応> ヒメにとっては、『いやいやえん』に続いて2作目の幼年童話。全90ページを全部聞くのがなかなかできず、いつも50ページくらいで夢の中・・ 続きから読もうとすると「最初から読んで!」というのですが、途中でふっと見ると、すやすや 。らくだの坊やが迷子になっているシーンにハラハラするようです。 <おすすめポイント> 主人公がフライパンで、しかも、おじいさんという設定の面白さ。自分はフライパンとして台所でのみ使われるものだと思っていたのに、世間に出てみたら、いろんな見方をされることに気づき、最後は好きなものに囲まれて暮らしていくというストーリーに、人生観がみられます。 挿絵は、木、草花、雲、波にまで目鼻をつけて擬人化して描かれることで、ふらいぱんが主人公であることの違和感を全く感じさせないどころか、子どもは、無邪気に世間を楽しむ「ふらいぱんじいさん」に心をよせて楽しめると思います。 <現在4才9ヶ月のヒメの反応> 最近は、睡魔も襲ってこないようで、完読できるようになりました。オスのだちょうに向かって「たまごをうんでくれ」と叫ぶナンセンスな場面に笑っています。 「おじいさんは、卵が大好きだから幸せなんじゃない?」と、この結末にすっかり満足したコメントをしています。 <まつりかの感想> 子どもは絵本を読むときに、とかく主人公に共感し、自己同一していくものです。その多くは、読み手と同じ、子どもが主人公であるけれど、この本は、「ふらいぱん」であり「じいさん」であり、読み手とはかけ離れすぎていて、共感できないのではないかと思っていたのです。 ところが、この本は初版が1969年。長年、幼年童話の代表としての地位を継続していることをみても、多くの子どもの共感を得ているわけです。 このふらいぱんじいさんは、年をとってはじめて広い世間に出たので、未知のことばかりで、まるで子どものようにいろんな体験をしていきます。出会うものに驚き、喜び、ときには励まし、助け、おじいさんでありながら上から目線で説教するわけでもなく、素直に生きていく様子に子どもは自分と同じ目線であると感じるのかもしれません。 実は、ふらいぱんじいさんの行動、生きざまには、私も啓発されることが多いのです。 たとえば、 ・今の地位に安住せずに思い切って外の世界を見てみる(ゴキブリに促されて旅にでるのを決心) ・自分が思っているのと違って、人の見方は様々である(鏡、たいこ、おばけ、おたまじゃくしなどに間違われる) ・世の中には、知っているようで知らない世界がたくさんある(海を初めてみて、今まで水と言えば水道の蛇口から出てくる細いものしか知らなかった・・) ・自分が大好きなものを心に抱き続けていると、その夢が思わぬことで叶うことがある(じいさんは、おひさまと、目玉焼きが大好き。最後は、おひさまに近い木の枝に落ち着き、巣として卵をかかえいつも小鳥たちに囲まれて暮らす) な〜んて、ちょっと、いい過ぎかもしれませんが![]() 「どうせ・・・」「わたしなんて・・」とすぐに言い訳をしてしまい、なかなか一歩を踏み出せない私にとっては、このふらいぱんじいさんの行動は輝かしくうつるわけです。 あとがきには、作者の神沢利子さんがこの物語を構想するきっかけになった話が書かれています。ヨットで世界旅行をした時に立ち寄った、ある島の木のうえにフライパンがあり、ことりの卵が13個並んでいたのを見たそうです。そこからこんなナンセンスでかつロマンのあるファンタジーを考えたというのですから、さすがですね。 ![]() |
こいぬがうまれるよ ジョアンナ・コール/文 ジェローム・ウェクスラー/写真 坪井郁美/訳
<どんな絵本?> おとなりのいぬのおなかには赤ちゃんがいます。 産まれたら一匹もらうことになっています。 かあさん犬は、いきんであかちゃんを押し出し、へその緒をかみきり、子犬をなめてかわかす。 3匹産まれてそのうちの一匹に「ソーセージ」という名前をつけた。 産まれたての犬は、まぶたが閉じて、耳の穴もふさがっている。 一か月くらいして歯が生えてきて、かたいものを食べれるようになる。 2か月たったソーセージは、かあさん犬から離しても大丈夫になった。 ひもでつないでひっぱると、最初は嫌がっていたけれど最後にはわたしについてきた。 1973年出版されアメリカでロングセラーの写真科学絵本 <初めて読んだ3才3ヶ月のヒメの反応> 書店でヒメが表紙の犬に一目ぼれして、選んだ一冊。「ソーセージ」という名前に笑い、犬が袋にはいって産まれてくることに驚いていました。 どの写真も気に入っていましたが、とくに、産まれたばかりで秤の上にのせられている写真がお気に入りで、じっと見入って「よしよし」と撫でていました。 <おすすめポイント> かあさん犬の出産から、子犬がどのように生まれてきて、成長していくのかを、モノクロ写真でつづっています。 子犬を手のひらにのせたり、秤にのせた写真は、比較対照の効果もあり、子犬の愛らしさがより一層伝わってきます。 子犬をもらって育てるのを楽しみにしている女の子の視点からの文章は、命の誕生や子犬の成長を身近に見守っている様子が、その息遣いまでもが感じられるようです。 <現在4才9ヶ月のヒメの反応> これを読むと、「犬が欲しい、犬を飼いたい」といい、私の実家にいる12才の大型ミックス犬を恋しがっています。 子犬が、かあさん犬のお尻から袋に入って産まれてくる写真を見て、「お尻から出てきてるよ」 と驚いています。そして、自分も袋にはいって産まれてきたのか、私のおなかからどうやって産まれてきたのかなど質問してきます。 <まつりかの感想> かあさん犬の母性や、子犬は生まれたばかりのときには目や耳が機能していなくとも、本能でおっぱいを探し、引き離すと声を出すということなどにも改めて感動します.。 また、かあさん犬は、出産準備に紙を自ら破って、やわらかいベッドを作るということや、一匹ずつ袋に入って産まれてくることなどを初めて知りました。 こいぬは、わずか2か月で、かあさん犬と離れて、人に飼われても平気なんだそうです。ヒメが2か月の時の写真をアルバムで見ながら、「ヒメは、生後2か月の時はこんなに小さくて一人では何もできなかったのにね〜」と言うと、急に涙目になり、絵本の犬を指差しながら「この犬は、もうおかあさんとは会えないの?」と言い出しました。 人間の2か月と、犬の2か月のでは、これほどまでも成長に違いがあるんだっていうこと、だから実家にいる12才の犬は、「じいじと同じくらいの年で、もうおじいさんなんだよ」と言うと、今度は寿命を心配して涙目に。。。「ヒメが7歳になってもまだ生きてる?」とか「大人になっても生きていて欲しい」と言って、しまいには大泣きしてしまいました しかし、ヒメとこんな会話をすることで、この本の感想が「かわいいね〜」だけでないものになったことも、ある意味嬉しく思いました。 子どもは絵本を読むときに、登場人物に自分を重ね合わせて絵本を体験したり、絵本から離れて現実的な視点から感想を述べるなど、絵本と現実を行ったり来たりします。それを見て親は、子どものそのときの興味や関心を知り、心を読むことができますし、それにより子どもは自分の思いが満たされるのだと思うのです。 幼児向けの絵本ですが、性に目覚める小学校中学年くらいにも、いろいろと学ぶものがあるのではないかと思います。 ![]() |
わゴムはどのくらいのびるかしら マイク・サーラー/文 ジェリー・ジョイナー/絵 岸田衿子/訳
<どんな絵本?> あるひ、ぼうやは、わゴムが どのくらい のびるか、ためしてみることに しました。 わゴムのはしを、ベッドの わくに ひっかけて、へやの そとへ でてみよう。 自転車にのって、バスにのって、汽車にのって、飛行機に乗って・・・・ とうとうロケットに乗って、月に行って・・・ 月に降り立とうと思ったとたんに・・・・ <初めて読んだ4才0ヶ月のヒメの反応> ページをくるたびに、「エーッ、エーッ・・」とずっと小声で言い続けていました。読み終えると、「終わり?」と、きょとんとしながら言ったかと思うと、「すごいね。ねえ、わゴムちょうだい」と。 <おすすめポイント> わゴムがどのくらい伸びていくのか、という素朴な疑問に、予想をはるかに超えた壮大なスケールでもって答えてくれるその奇想天外さに、純粋に面白いと感じ、想像力をかきたてられます。 わゴムが伸びる様子を強調するために、時には枠をはみ出るほど、大きく描かれています。飛行機に乗ったり船に乗ったり、やがて月に行くという展開につれて、ぼうやの姿は小さく、背景を大きく描くことで、スケールの大きさを描いています。 ぼうやのお部屋にある、おもちゃ(自転車、汽車、バス、ヨット、らくだ、ロケット、飛行機)と、月の模様の壁紙が、物語に登場しているということが、見返し部分と、物語の最後のページでわかるようになっていて、その絵探しの楽しみもあります。 <現在4才9ヶ月のヒメの反応> 「ぼうやは ベッドに ちゃくりくしたのさ」という、最後のページで、ベッドの端に、わゴムが垂れ下がっていることと、部屋のおもちゃが物語の伏線に使われていることに気づいて面白がっています。 <まつりかの感想> 4月13日(日)に表参道のクレヨンハウスで、作者のマイク・セーラー氏のトークショー&サイン会が行われました。 日本では、この『わゴムはどのくらいのびるかしら』と『ぼちぼちいこか』(過去の記事はコチラ )が有名です。まずは、「わゴム〜」のお話。ひとりの男の子が(この子がとっても英語が達者で驚きましたが)前に出て、セイラー氏の言葉に合わせて、わごむをひっぱりながら自転車に乗ったりバスに乗ったりする、まねごとをして、ストーリーを紹介。「ボーンとはねたらわゴムが空からふってくるよ」とセイラー氏が言うと、そこにいたみんなで、見えないわごむを取って、ビヨーンとひっぱって・・・大人も子供も空想遊びを楽しみました。 続いて『ぼちぼちいこか』。セイラー氏が英語でお話を読みながら、「消防士になれるかな?」「ふなのりになれるかな?」という質問にみんなで「NO!」を斉唱。同時にスタッフの方が、関西弁が魅力の訳をつけてくださいましたが、やはり「NO」だけでは物足りないなあ〜と感じたのはわたしだけでしょうか。(ご本人を目の前に申し訳ないのですが、訳者の功績あってこそだと思ってしまいました) 最後は未邦訳の『Black Lagoon』シリーズを紹介。内容は、新学期を迎えて担任の先生が誰になるのか気になっていると、モンスターのグリーン先生に。騒いでいる子を食べちゃったり、先生に物申す子は消してしまったり、頭が痛いという子の頭を小さくしちゃったり。とにかく恐ろしくてどうしよう・・・と思っていたら、それは夢で、本当のグリーン先生はとてもやさしい女の先生でしたというお話。(アメリカではベストセラーだということです) ヒメは、というと、この未邦訳のお話が一番印象に残ったらしく、「グリーン先生ってさあ・・」と帰りの電車でそればかり言っていました。 また、訳者の今江祥智氏からセイラー氏におくられたお手紙が紹介されました。お互いに70歳を超えておられるそうですが、まだまだこれからもいい作品をつくりたいですね、そして面白いものができあがりましたら、ぜひ訳をさせていただければ嬉しいです、というような内容でした。「ぼちぼち・・」のかばくんの絵が、直筆で添えられたとても素敵なお手紙でした。 そしてサイン会。ヒメは、例の如く(過去のジョンバーニンガム氏来日サイン会の様子 コチラご覧ください)「Hello !」と言って本を差し出していました。名前を聞かれたようで、かろうじて「My name is ○○」と返答していました。セイラー氏は、浮世絵風に波が描かれたシャツに、黄色いキャップと黄色いスニーカーという出で立ち。キャップには、ピンがさしてあり、それについてお尋ねすると、「これはイマジネーションペンシルだよ」とおっしゃっていました。ペンに羽が生えたモチーフ。想像力をかきたてて物を作っていきたいという意味をこめた、セイラー氏オリジナルのピンなのだそうです。 セイラー氏の2作品は、どちらも絵がとても印象的で、お話が絵の力にひっぱってもらっているという感じがしていました。 『ぼちぼちいこか』の主人公のかばくんは、何をやっても失敗ばかりします。でもこの作品で伝えたかったのは「No Perfect」(誰しも完全ではない)ということなのだそうです。 『わゴム・・・』では、「あなたがた一人一人が、頭の中で想像したわゴムを取ることは、誰もできないんだよ」と言われていました。 イメージすることは自由であり楽しいことなんだ、そして自分らしくあること、それぞれが特別な存在なんだということなのでしょう。そういう思いで子どものための作品をつくり続けておられるということを知り、子どもに対して真剣な作り手としての姿勢に尊敬の念を抱きました。 セイラー氏は幼いころから、芸術家になりたいと思っておられたそうです。そしてそのために努力をしてこられたそうです。「何か大きな夢を持って、その目標に向かってあきらめずに努力してください」と会場の子供たちにメッセージをくださいました。 ヒメの頭の中の、わゴムはどのくらいのびているのかしら?その頭の中のゴムを決して取ることはできない、見ることもできないけど、空想を楽しむキャパシティを広げてあげることは、できるかな。絵本の力を借りながら。 ![]() |
もりたろうさんのじどうしゃ 大石真/文 北田卓史/絵
<どんな絵本?> もりたろうさんは郵便やさんで、来る日も来る日も歩いて郵便を配達していました。 車があればどんなに便利だろうと思っていたもりたろうさんは、60歳で定年したあと、免許を取ることを決意。 ようやく免許を手にしたもりたろうさんは、車を買うのですが、どれも高くて買えません。手がでるのは、隅に置いてあったおんぼろの中古車。仕方がないので、自分で修理・塗装して。 ある日、息子から孫の誕生日に来てほしいと手紙をもらい、車で出かけます。しかし、坂道ではエンジンがやけてしまうし、スピードが出ないので他の車にどんどんぬかされてしまいます。 けがをした犬を拾い手当をして一緒にのせてあげてしばらく走っていると、またまた車の調子が悪くなって、水で冷やそうと思ったもりたろうさんが、川べに車を停めて水を汲みに行っている間に、銀行強盗が空っぽの車だと思い乗り込んできました。アクセルを踏もうとおもったら、足元にいた犬がかみつき、ハンドルを切り損ねて車は川に落ちてしまいます。 無事銀行強盗は捕まりますが、もりたろうさんは愛車が動かなくなってがっくり。 しかし犯人を捕まえるのに協力してくれたお礼にと、銀行が新車をプレゼントしてくれました。もりたろうさんは、息子さんとお嫁さんと孫と、犬を乗せて、奥さんに見せに帰りました。 <初めて読んだ3才8ヶ月のヒメの反応> 銀行強盗がやってくる場面のところで大きく反応しています。それまでの穏やかな展開から、急に変わるからでしょうか。新車をもらって、奥さんのところに息子の家族を乗せて帰っていくというハッピーエンドに、ほっとした様子で聞いています。 <おすすめポイント> 定年退職を迎える年齢でありながら、新しいことにチャレンジする姿勢、古いものを自分の手で活かして使う優しい人柄という主人公の設定と、ふいの事件に巻き込まれながらも大手柄をあげるという痛快な展開が魅力。 大石氏&北田氏のコンビでの作品は数多く、これもその一つ。 自動車が大好きだという北田氏の描く車の絵は、意外にも精巧に描かれ、とくに、前見返しに描かれている車は、船や飛行機にタイヤが付けられているなどとてもユニークで、氏の遊び心が感じれられます。 <現在4才9ヶ月のヒメの反応> 絵をじっくり見るのは、中古車屋に並ぶ車につけられている値段の箇所。数字をだいぶ理解できるようになってきたので、興味があるようで必ずここで立ち止まります。(ちなみに、もりたろうさんは、1万円の車を買います) 相変わらず、銀行強盗が出てくる場面にはハラハラし、犬が強盗の足にかみついて車ごと川に落ちてしまう場面には、「ほらね、だから落ちたでしょ」と、悪者がこらしめられる展開に満足しているよう。 <まつりかの感想> 私は、この絵に非常に懐かしさを感じながらも、ヒメは、表紙をみるなり、「これは読みたくない」と言っていたのです。 「お母さんが小さい頃読んだことがあるから聞いてね」(実際は『チョコレート戦争』でこの画風を記憶しているのですが)、ということで無理やり読み進めたのですが、じっと聞き入ったあと、「これ面白かった」と言って何度もよみせがむようになりました。 ヨボヨボのもりたろうさんと、オンボロの車が、第二の人生をスタートしていく様や、せっかく手に入れた車が廃車になったものの、新車をプレゼントされるという展開には、誠実で地道な生活をしているものが報われるという昔話のような要素があり、読後がとても晴れやかです。 初版は1969年。時は高度成長期。日本の自動車産業は世界第3位、自家用車が一般家庭に普及しはじめた時代背景を知ると、主人公のもりたろうさんが、車への強い憧れをもっているという設定にも納得です。 当時の大卒初任給は3万円(ちなみに新聞購読700円/月、はがき7円/枚、とうふ30円/丁)。もりたろうさんは、絵本の中で「1万円」の値札のついた車を手にしますが、定年退職したもりたろうさんは、もっと高価な車を手に入れることも可能なのでしょうが、つつましい生活と、オンボロの車を修理して使うという精神が温かいなあと感じるのです。 あとがきによると、作者の大石氏のうちの前を、一台の赤いおんぼろ自動車でいかにも免許とりたての様子だけど、とても楽しそうに運転をしているおじいさんが、通って行ったのを見たことにあるそうです。 「あの年で運転をならうなんてなんて素敵なんだろう」と思い、とても楽しい気持ちのなかかからこの物語は生まれたのだそうです。そんな作者の心情が存分に伝わってくる楽しい絵本です。 ![]() |
ニャーンといったのはだあれ? ウラジミール=ステーエフ/作 西郷竹彦/訳
<どんな絵本?> こいぬが、ソファのそばの じゅうたんのうえに ねていました。 すると、だれかが ニャーンといったような きがしました。 こいぬは、あたまをあげて あたりをみまわしました。 でも、だーれも いません。 こいぬは、ニャーンという正体が誰なのかしりません。 目の前にあらわれる動物に向かって 「きみかい、ニャーンといったのは?」 おんどり、ねずみ、大きな犬、ハチ、魚、カエル。 出会った動物はみんなニャーンとは言わない。 しかも、ほえられたり、ハチに刺されたり、馬鹿にされたり、池におちて体はびしょぬれ・・・ しょんぼりしながら、うちに帰ってまた眠ろうとすると、 窓のところに、猫が座っていて、「ニャーン!」といいました。 こいぬは、唸り声をあげ威嚇するけど、猫にひっかかれてしまい・・・ こいぬは、じゅうたんのところに もどると、ねそべって ねむりました。 こいぬは、もう ニャーンといったのは だれか、しっています。 <初めて読んだ3才9ヶ月のヒメの反応> 「ここにいるよ」「猫だよ」と、絵本の中のこいぬに向かって呼びかけています。 ハチに鼻の頭をさされる場面を、ハラハラしながら聞いています。 <おすすめポイント> 「ニャーン」の鳴き声の主を探しにいく、好奇心いっぱいの子犬に、子供たちは自分を重ねて読むことで一緒になってハラハラドキドキすることでしょう。 猫に気づいていないのは、絵本の中の子犬だけであるということに、面白さがあり、こいぬに教えてあげたりという気持ちで、絵本と対話するような楽しみ方ができます。 余白がたっぷりもうけられた構図、愛らしい子犬の姿といった絵もいいし、繰り返しの展開を楽しめる絵本です。 <現在4才8ヶ月のヒメの反応> 「わたしが子犬になるからね」といって、この絵本のお芝居をさせられます。「きみかいニャーンといったのは」というセリフが言いたいみたいです。 そして、最後猫と向かい合い威嚇しあうも、ひっかかれて逃げ帰る子犬の様子を上手に演技しています。 <まつりかの感想> 安全なうちの中から、出て行き、外での世界に触れて戻ってくる・・・その「行って帰る」というストーリーに子どもは自分を重ねるのだと思います。 現在のヒメは、この本を読むと「もっと探せばいいのにね」と言います。 つまり、怖いけれどそれが何なのかを探してみたいという探究心のほうが強くなっているのかなと。もっと年齢がすすんでこの本を読むと、最後に猫に引っ掻かれたまましょんぼりして家に戻って眠る子犬に共感せずに、猫に立ち向かっていけばいいのに・・というような感想をもつのかもしれないと思いました。 それでも、最後に安心できる場所に戻ってくるという結末に、子供はほっとするものだと思います。家族だけでなくお友達との関わることが増え、好奇心も旺盛になる3歳ころにお薦めです。 ![]() |
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