おっぱいのひみつ 柳生弦一郎/作
<どんな絵本?> なんで、おんなのひとのおっぱいはおおきいの? あかちゃんに おちちを あげるため!! 赤ちゃんがいない人でもおっぱいが大きいのはどうして? お乳はどんなふうにできるのか? どうすると、お母さんのおっぱいからお乳が出てくるのか? 赤ちゃんだったときは、おっぱいを飲んでいたけど、それがどんな味だったのかもよく覚えていない。 でも、ぼくたちのおかあさんは ぼくたちがあかちゃんだった ときのことを よーく おぼえています。 きみは どんな あかちゃんだったのかな? おかあさんに きいてみよう! <初めて読んだ3才7ヶ月のヒメの反応> 一昨年のお正月に、ヒメが入院をした病院のプレイルームで読んだのがはじめて。中表紙にかかれた「あっ!!おとこのひとがブラジャーをしてる!」に大笑い。 安静に、興奮させないようにと先生からも厳重に言われていたので、この本を読んでゲラゲラ笑っているのはいいものか?と、不安になっていたのを思い出します。 <おすすめポイント> 科学絵本を数多く世に出している柳生氏。太い線、2,3色しか使わずに描く独特のイラスト。 冒頭の強烈なインパクト、子どもがいだくであろう素朴な疑問にこたえるという形で話は進んでいき、最後は親子の会話を提供する内容。 おっぱいのしくみを説明するだけの本にとどまらず、ユニークな絵と、砕けた表現が、科学のハードルを低くし、楽しみながら知識を得られる本。 <現在4才11ヶ月のヒメの反応> 「かがくのとも」のシリーズが大好き。「はなのあなのはなし」「おへそのひみつ」「かさぶたくん」を読んでいるけれど、「おっぱいのひみつ」は、ほかのそれとは反応が異なります。やはり、おっぱい=恥ずかしいものという認識があるようで・・・ 「おかあさんのおっぱいは まるくて やわらかくて あったかくて いいにおいがするんです。」のフレーズでは、「本当にいいにおいがするか匂わせて〜」 と爆笑しながら言っています。<まつりかの感想> おっぱい、うんち、おしっこ・・などの言葉をつかって替え歌にしてみたり、やたらにこれらの言葉を発して喜んでいます。周りのお友達もその傾向があるようで・・・まあそんな時期なんでしょうね。 幼稚園で内科検診が行われた時に、みんなでパンツだけになって順番を待っていたという話を、「あのとき、恥ずかしかったよね〜。おっぱい隠してたんだよね〜」と、お友達とテンション ![]() で話していました。おっぱいは隠すもの人に見せるものではない、というのはわかっているんでしょうが、どうして隠さなければいけないのか?ということを、この本でわかってきたんじゃないかと思います。 おっぱいは、「赤ちゃんに、おちちをあげるため」であり、そのおちちを飲んで自分が大きくなって、赤ちゃんが抱っこされながらおっぱいを触ったり、なめたり、くわえたりするのは、赤ちゃんにとって、とても大事なことなんだと。 お母さんのお乳を飲まないで育ったという人のために、巻末には「おかあさんによんでもらうページ」として、おっぱいが出ない人もいる、それはちっともおかしくはないんだといこと、お乳を飲んでいなくてもそんなに素敵な子どもに育ったのだから、残念がったりする必要はないということなどが書かれています。 この本には、ヒメの「なぜ?どうして?」を刺激する言葉がたくさんあるようで、しょっちゅう「これはどうしてなの?」と立ち止まります。それだけ、ヒメの今の興味にマッチしているのかもしれません。 自分の体への興味と、自分が赤ちゃんだった時のことを聞きたいということで、これが単なる「おっぱいの仕組み」について語られたものであれば、ここまで楽しんで読むこともないのだと思います。 きみは どんな あかちゃんだったのかな?おかあさんに きいてみよう! ![]() |
むしたちのうんどうかい 得田之久/文 久住卓也/絵
<どんな絵本?> はやしのなかの ひろばで、 むしたちの うんどうかいが はじまります。 まずは にゅうじょうこうしんです。 トノサマバッタの園長先生から開会式の言葉があると、紅組、白組にわかれての応援合戦。 ガチャガチャギッチョンコロコロリーン ツクツクカナカナジーミンミーン はしりっこ競争、飛びっこ競争、玉入れ、綱引き・・種目も様々です。 そして、楽しい運動会は、終わり、空にはホタルの花火があがりました。 <初めて読んだ4才3ヶ月のヒメの反応> 最初からとてもお気に入りになった本。ミイデラゴミムシのおならの合図で、すべての競技が始まることに大ウケしていました。聞いたこともない虫の名前が出ると、どれがどの虫なのか知りたくて、じっと立ち止まるので、なかなか読み進められません。 <おすすめポイント> 日本昆虫学会の会員でもあられる得田氏による、昆虫たちの生態に基づいた楽しいお話。鳴く虫、飛ぶ虫、力の強い虫、舞う虫・・・・運動会では、みなそれぞれの得意分野に登場。 その様子を、ユーモラスに描いた絵はとても愉快で、文章に出てくる虫を絵で確認することで、虫への興味が広がるはずです。 他にもシリーズで『むしたちのおんがくかい』『むしたちのえんそく』『むしたちのおまつり』があります。 <現在4才11ヶ月のヒメの反応> 自分も運動会を体験したばかりだったので、これまでよりも一つ一つの場面に深く興味をもって読んでいるようです。オオムラサキは蝶だけど、花の蜜ではなく、樹液をすうことや、カマキリがバッタを食べるってことも初めて知ったようです。 <まつりかの感想> 6月1日(日)に、ヒメの通う幼稚園では運動会が行われました。うちの幼稚園、合理的というかなんというか・・学年ごとに時間が分けられ、完全入れ替え制で約1時間で6種目。子供は大変かもしれないけれど、まあ親としては大変ありがたい。なぜって、他の学年がいないぶん、子どもの姿を探しやすいし、一時間集中できるし、お弁当も作らなくていいし、小さい赤ちゃん連れの保護者にとっても短時間ですむわけで。(小学校と日にちが重なっている人はとっても大変そうでしたけど) うちの園は、毎年この時期に行われます。去年は入園してわずか2か月だったので、みんなで整列するのがやっと、という状態ながらも、体操して演技して・・の姿がとても可愛いかったんです。 しかし、今年は違います。かけっこだってちゃんとあったし。中には、「なぜ走るの?」って感じの子もいたけれど、ヒメはスタートラインに立つ表情からしてやる気満々。結果、ぶっちぎりの一等賞 ![]() 一緒に走った女の子たちの中には、お母さんに手を振りながら走っている子もいて、一方のヒメの真剣さを見たママ友たちからは「気合入ってたね」なんていわれて、かなり恥ずかしかったのでございます。 その数日後のある日、幼稚園バスを降りるなり、おもむろに 「オリンピックは、8月8日の8時に始まるの知ってる?」、 「ジンジンがかわいいんだよ。でもベイベイもかわいいなあ。お母さんどっちが好き?」と、 ![]() ![]() なことを言い始めました。なんでも園で、オリンピックの話を聞いたらしく、ジンジンとかベイベイというのは、北京5輪の公式マスコットの名前。 「お母さん、うちにもあるでしょ。見せて。名前教えてあげるから」・・・そう、うちには北京オリンピックグッズがいろいろあるのです。先月、主人の友人の中国人夫婦がうちに遊びにきてくれたときにいただいたお土産・・すべて五輪グッズ 。(メダル・箸・携帯ストラップ・ネックレス・玄関飾りの計5品。愛国心の強さがうかがえますでしょ)この人形たちは、魚、パンダ、チベットカモシカ、ツバメ、オリンピックの聖火をモチーフにしていて、それぞれ「ペイペイ」、「ジンジン」、「フアンフアン」、「インイン」と「ニー二ー」という名が付いています。 つなげて読むと、「北京歓迎你」(ベイジンファンインニー)、「北京へようこそ」という意味になります。 運動会と、オリンピックの話。ついにヒメは、こんなことを言いだしました。 「オリンピックってね、世界で一番を決めるんだって。だから、かけっこで世界一になりたい」 そうだね〜夢は大きく持つんだよ〜 ![]() ![]() |
100まんびきのねこ ワンダ・ガアグ/作 石井桃子/訳
<どんな絵本?> 年をとったおじいさんと、おばあさんは二人きりの生活で、とてもさびしく、ねこが一匹いたらいいな、という、おばあさんのために、おじいさんは、丘を越えてねこを探しにでかけました。 長い間歩いていくと、とうとう、ねこでいっぱいの丘に出ました。 そこにも ねこ、あそこにもねこ、どこにも、かしこにも、ねこと こねこ、ひゃっぴきの ねこ、せんびきの ねこ、ひゃくまんびき、一おく 一ちょうひきの ねこ。 おじいさんは、どのねこを見てもかわいく思えて、とうとう、そこにいるねこを、みんな連れて帰ることになりました。 おばあさんは、あまりのねこの数に驚き、これだけのねこを養うと自分たちが食べていけなくなると言い、どのねこを家に置くか、ネコ自身に決めさせることにします。 「おまえたちの なかで、だれが いちばん きれいな ねこだね?」 「わたしです!」「ぼくです!」「いいえ、わたしです!」 どのねこも自分が一番だと思っていたので、大変な騒ぎになり、家に逃げ込んだおじいさんとおばあさんが、しばらくして窓の外を見てみると、あたりは静かで、草の間に一匹だけやせこけたねこがいました。他のねこは、みんなで食べっこしてしまったのです。 一匹だけ残ったのは、自分のことを、みっともないねこだと思っていたので、だれもかまわなかったから。 おじいさんとおばあさんは、このねこをきれいにして、ミルクを飲ませ、大切にかわいがりました。 「この ねこは、やっぱり とても きれいですよ!」・・・ 「いや、この ねこは、せかいじゅうで いちばん きれいな ねこだよ。わたしには、ちゃんと わかるんだ。だって わたしは、ひゃっぴきの ねこ、せんびきの ねこ、ひゃくまんびき、一おく 一ちょうひきの ねこを みてきたんだからねえ」と、いいました。 <初めて読んだ4才3ヶ月のヒメの反応> ねこたちが食べあう・・・ということ=殺し合いをした、ということに、しばらく考えてから気づき、それを想像して「こわいね〜こわいね〜」と繰り返していました。 最後のページにある、おじいさんとおばあさんの結婚式の写真?と思われるものが壁にかけられているのを見て、「この人たちも、若い頃があったんだね」と、何やら感慨深げな発言をしています^_^; <おすすめポイント> 全編モノクロで、細密な筆使いで、数えきれないほどのネコや、風景が描かれています。 横長の判型をうまくつかって、おじいさんが、長い道のりを経てネコを探しに行く動きをあらわすなど、画面の連続性に注意をはらって作られています。 「ひゃっぴきのねこ、せんびきのねこ・・」のリフレインは、おびただしい数のネコがいる様子を、リズミカルにうたっています。 1928年に初版。原題は『MILLIONS OF CATS』 見開きをいっぱいに使い、奥行きのある構図で描かれた絵は、文章でなく絵そのものが物語っているという点で、近代絵本の草創期の代表とも言われる作品。 <現在4才10ヶ月のヒメの反応> 「ひゃっぴきのねこ、せんびきのねこ・・・」のフレーズになると、ここぞとばかりに声高らかに唱和しています。 おじいさんが長い道のりを歩いていく様子を描いている場面では、その道のりを指でたどって楽しんでいます。 白黒で描かれた絵は、よ〜く見ると、なんだか気持ち悪く感じるところが多々あるようで、とくに山肌や草を細かく描いている絵には、「わーこれ気持ち悪い 」と叫びながら手で覆っています。<まつりかの感想> 今から80年も前の作品でありながら、全く古さを感じさせません。色味は全くない、モノクロの絵は、子どもを最後まで飽きさせず、むしろぐいぐい引き込んでいく力があります。 そして、訳はやっぱり・・石井桃子さん。意表をつくシュールな展開の物語でありながら、美しい日本語使いに、読後は後味も良く、余韻を感じられます。 見開きの使い方や、構図、文章ありきの挿絵ではなく、絵で物語を運び、絵そのものを楽しむという点など、それまでの絵本では考えられなかったといわれていますが、今では当たり前に思われることでも、当時の人にとってはどんなに斬新に感じられたことでしょう。 絵本の冒頭にある文章↓ ふたりはこぢんまりした きれいな いえに すんでいました。そして、いえの まわりには、ぐるっと はなが さいていました。それでも、おじいさんと、おばあさんは、しあわせでは ありませんでした。ふたりは、とても さびしかったのです。 そして・・ 絵本の最後のページには↓ おじいさんが葉巻をくゆらしながら椅子にすわり、おばあさんも椅子に座って靴下を編みながら、足元で毛糸とじゃれているネコを眺め、壁には二人の結婚式の写真が飾られているのです。 そこには、「ねこのおかげで、昔のような幸せが訪れました」とでもいうように、晩年を迎えた老夫婦が、ねこを飼うことで幸せを感じているのがわかります。 きっと、ねこが来るまでは、こんなふうに二人でテーブルをはさんでゆっくり時間を過ごすことが、何年もなかったんじゃないかと想像させるような。 「かわいくてちいさくてふわふわしたねこ」が欲しいというおばあさんのオーダーに、おじいさんが必死でこたえようとする様子、そしてとんでもない数のねこを連れて帰ってしまうところに、おばあさんが、少し怒っているような言葉を発するのをみても、おじいさんとおばあさんの力関係をうかがえたりして。。80年前も、妻の方が夫より強かった ![]() ![]() |
ちいさなあなたへ アリスン・マギー/文 ピーター・レイノルズ/絵 なかがわちひろ/訳
<どんな絵本?> あのひ、わたしは あなたの ちいさな ゆびを かぞえ、その いっぽん いっぽんに キスを した。 ・・・・ わたしの あかちゃんは、 わたしの こどもに なった。 ・・・・・・・・ やがて、せいいっぱい てを ふりながら しだいに とおざかっていく あなたを みおくる ひが やってくる。 ・・・・・・ いつか あなたも たくましくなった その せなかに ちいさな おもさを せおうときが くるかもしれない。 ・・・・・・・・ 絵本のカバーには「すべてのおかあさんと その子どもたちに」とあります。 <おすすめポイント> 余白をたっぷりもたせ、やわらかな線と、淡い色調の絵。 活字でなく、手書きの文字によるレタリングも優しく、母親が娘の誕生からの成長を見守り、これからの娘の人生に送る温かなメッセージが、絵本全体から伝わってきます。 現在子育て中のお母さんや、子育てを終えた世代が「母親」としての立場で読むだけでなく、「子ども」の立場で自分の母を想い、育ててもらったことへの感謝や命のつながりを感じられます。 <まつりかの感想> 帯にかかれた「NYタイムズで絶賛され、全米中の母親を号泣させた絵本」という言葉。これで感動しない人はいないとでも言わんばかりで、少々とまどいながらも、立ち読みを。 号泣とまではいかないけれど、目頭があつくなり、文字がかすみ・・たしかにじんわりと私の中の母性に響いてきました。 書店にいくたびに、平積みされたこの本を手に取り、そのたびに目頭を熱くし・・・ 何度も繰り返して、「やっぱり買おう」とようやく購入にいたった本。 ヒメには読み聞かせていませんし、しばらくは読み聞かせるつもりはありません。4才児の心に働きかける絵本ではないだろうという理由のほかに、母の娘への想いというものを、こういう形で伝えたくないなと思うからです。なんだか感謝を押し付けているような気もして・・だから、この絵本は大人のための絵本なんだろうなと。 「わたしの あかちゃんは、わたしの こどもになった」の次の頁からは、眠っている娘を見ながら、む「いつかきっと・・」というフレーズで始まり、娘の未来にむけての語りに変わっていきます。 つまり、この絵本の母親は、ちょうどヒメくらいの娘をもつ母という設定なため、深く共感できるのかもしれません。 ヒメもこれからの人生で様々は喜びや不安を抱くことでしょう。こんなに近くにいるけれど、いつかは私の元を離れ、結婚して子供をもつかもしれません。 去年、ヒメが入園し、私の目の届かないところで数時間を過ごしてくる時間にたいして、育児からの開放感の喜びばかりを感じていたけれど、今は、それよりも、大きくなるにつれて、親と一緒にいられる時間が短くなっていくんだと思うと、時折さみしさを感じます。 わたしの親もそうだったのかしら?早くから親元を離れた私を、親はどんな気持ちで見送ったのだろう?若かった私は、いつも前しか向いてなく、実家を振り返ることのなかったことに対して、さみしさを感じていたのだろうか?そして、そんな娘が出産し、子育てをしているということを見て、今どんな風に思っているのだろう? ![]() |
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